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2026.07.2420:00

G線上の真夏の夜【野菜】

夏になると、怖い話を探し始める。
肝試しへ行く趣味や心霊スポットを巡る勇気はびた一文持ち合わせてはいないが好奇心に勝るものはなく怪談動画や都市伝説といった類のコンテンツは、夜な夜な見てしまう。

皆さんは、本気で背筋が凍った出来事があるだろうか。
これは誰かから聞いた話ではなく、自分の身に起きた出来事だ。

タイトルで察した貴方は勘の鋭い方であろうと見受けられる。
ここから先は閲覧注意なので勇気のある方だけが読み進めることを推奨する。


「覚悟はいいか?オレはできてる」


———————————————

忘れられない一夜がある。

山口県の田舎に住んでいた頃の小学生の夏休みだった。
自由研究で昆虫採集をすることになり、友達数人と学校裏の山へ向かった。


「カブトムシ捕まえようぜ。」


誰が言い出したのかは覚えていない。ただ、その一言で話は決まった。
学校の裏山は、当時鼻たらしの小学生低学年の私たちにとっては絶好の遊び場でもあったのだが木々に囲まれていて日中でも余り日が差し込むことがなく仄暗いところだった。
それでも僅かに地面に向かって差し込むような木漏れ日に照らされる自然がどことなく荘厳で神秘的な魅力がありお気に入りの場所でもあった。
校庭の開かれた雰囲気とはまた一味違う魅力があったのだ。

カブトムシとクワガタに狙いを定めて
「夜行性なので甘い蜜を木へ塗れば夜に集まる」と図鑑で仕入れた知識を全員で共有した後、昼間のうちに裏山へ入り獲物が出そうな幹を探して回った。

「ここじゃない?」
「いや、こっちの木のほうが強そう。」

何を基準に木の強さを語っていたのか、今となっては全く意味がわからないが強いのがかっこいいという単細胞的な価値観を持つものなのだ。小学生のガキは。
それでも小学生のガキには、小学生のガキなりの確信がある。
これだ!とようやく一本の木を選び、持参した蜜をべたべた塗りつけた。
これで夜にはカブトムシが鈴なりになっていると確信したところで、夜が更けった頃合いで再度落ち合おうとなり一同は一時帰宅した。


帰宅後の夕飯どき、テレビでは巨人対広島戦が流れていた。
一番のマックがセンター前へきれいに運び、続く川相が代名詞とも言える芸術的な送りバントを決める。
そして三番・松井がタイムリーを放ち、四番・落合がゆっくりと打席へ向かった。
その姿を横目に夕飯をかき込み、「行ってくる」と母に告げて立ち上がる。
落合の打席結果は気になってしょうがなかったが、それ以上に木へ集まったカブトムシのほうが気になって仕方がなかった。懐中電灯と虫かご、虫取り網を抱え、急いで家を飛び出した。

再集合した私たちは昼間と同じ山道を歩き始める。
昼間は何ともなかった山道が、暗くなるだけで急によそよそしくなる。
もちろん片田舎の山中に街灯などはない。
木は立っているだけなのに誰かが潜んでいる気配を感じ、草が揺れるだけで足が止まる。
怖いとは誰も口にしない。
周りにびびっていると思われたくない一心なのだろう。ガキの悲しい性(さが)である。

やがて目的の木が見えてきた。
先頭の友達が懐中電灯を向ける。
「あっ。」
小さく声が漏れた。
光の中には黒い影がいくつも見えたようだ。
「おっ、いるじゃーん!」
テンションが上がったのかかなり上機嫌だ。
私は少し後ろを歩いていたため、まだ木までは見えていなかった。
「何匹?」
そう聞きかけた、その刹那だった。



「うおおおぉぉ!」



山全体へ響くような絶叫。
先頭にいた友達がこちらへ向かって全力疾走してくる。
理由など聞く余裕はない。
私たちも一斉に走った。
虫取り網が枝へ引っ掛かろうが走るたびに虫かごがベコベコと膝へ当たろうがそれどころではない。
転びそうになりながらもとにかく山を駆け下りた。
街灯が見えたところで、ようやく全員止まった。
肩で息をしながら全員で顔を見合わせる。

「……何がいた?」

友達はまだ肩で息をしながら答えた。
カブトムシだと信じて近づいて網越しに捉えたのを確認。
勝利を確信しいよいよ捕まえた獲物を懐中電灯で照らしたその瞬間。
黒い塊が、一斉にカサカサと動き始めた。
カブトムシではなかった。
その正体は蜜へ群がっていた大量のGだったのだ……だったのだ………ったのだ(エコー)

その場にいた全員が言葉を失いその夜は誰一人として山へ戻ることはなかった。
現実は創作に比べたら遠慮なぞ微塵もない。強烈なおぞましい記憶だけが収穫だった。
自由研究も振り出しに戻った。


今でも夏になると、この出来事を思い出す。
どんなに恐怖心を煽る怪談や心霊スポットの映像を見せられてもあの時身をもって受けた衝撃を超えるような出来事はそうそうない。

もちろん、もし目の前へ一匹現れたら話は別だが。彼への耐性は1mmも積み上がることはなかったのだ。
40を迎えた今でも、悲鳴を上げながら情けなく逃げ回りながら腰を抜かすだろう。
人は死線……もといG線を越えると少しくらいの恐怖では動じなくなる。
そんな理屈のよく分からない教訓を残した、真夏の夜の夢(ならばどれほどよかったでしょう)。
あれ以来、私は夜の木々からはなるべく距離を置いて歩くようになった。

余談だが以前、職場の先輩からこんな話を聞いた。
北海道旅行で知床五湖を歩いた際、ヒグマと遭遇する危険性について事前講習を受けたそうだ。
「遭遇した場合の対処法」から始まり、「自然相手なので安全は保証できない」といった説明まで受けるうち、不安は少しずつ膨らみ、歩き始める頃には人生でいちばんの恐怖を味わったらしい。
その先輩は後になって「あれを経験してから、たいていのことでは怖がらなくなった」と言っていた。
その話を聞いたときは少し大げさでは…と感じたのだが、この出来事を書いているうちに妙に納得している自分がいた。

後に私も知床を巡ることになるのだが確かにヒグマとの遭遇の可能性を感じさせる危機感はあったがこれはまた別の話で。
もちろん、ヒグマと大量のGを同列に語るつもりはない。恐怖の種類がまるで違う。
ただ、一度「これ以上は勘弁してくれ」と本気で感じる体験をすると、恐怖の順位が入れ替わることは案外共通しているのかもしれない。



「恐怖の耐性をつけたいなら、知床か夜の木々に向かうと良い」
by YASAITARO・哲学者(1986~)



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